函館測候所函館駅の歴史写真

2009年03月27日

函館 電信歴史

 函館栄国橋西方眺望(新道電信機建設ノ景) / 田本研造(函館)

函館札幌間新道沿いの電信線架設竣功写真明治6年7月 (1873年7月)とあります

1854年(安政元年)ペリー再度来航、有線電信機を幕府に献上

幕臣はテレガラフ(天連関理府)と呼んだ。

ちなみに写真はホトガラフまたはホトガラ

ペリーが電信機器や写真機をプレゼント
まさか、函館には持ってこなかったよね?

写真機は持ってきたのかもね?

電信の歴史

モールス符号 ・・・― ― ―・・・   


 北大附属図書館より 
9e714f30.jpg



 函館栄国橋は今の十字街電停あたりに在った

土方歳三の埋葬地の一つになってる 

函館百珍と函館史実の函館栄国橋



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 函館の古地図 新刻//函館港全図1882年(明治15年) には
永国ハシや電信線が載ってます





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at 20:03│Comments(4) 歴史的資料 

この記事へのコメント

1. Posted by midy   2009年03月27日 22:50
そっか、最初に立ったのは電気じゃなく電信用だったんだ。だから、電信柱なんだ??!と妙なところで感心してます。
そして、もうひとつ妙なところで感心したのは、屋根の上の置き石。
明治11年のイギリス女性・イザベラ バードの日記に書かれている「風の都の奇妙な屋根」とはこの屋根のことであったか!
イザベラ バードは「どの家にも屋根の上に物干し台を乗っけている」と書いていますが、それは見当たらないようですね。この写真の後から流行りだしたのかな?
もひとつおまけですが、思ったより道幅広いねぇ??。よく見ると道路に点々と馬糞の跡。その位置からすると荷馬車が悠々とすれ違ってたことですね。
2. Posted by おぢさん   2009年03月27日 23:15
 midyさん
確かに電信柱って言いますね
屋根の上に石
風が強いから押えてたんでしょうね
明治になる前にも火事が多かったから
道幅広いとか?
 
3. Posted by かんぢ   2009年03月28日 10:56
おぢさん、こんにちは。
SOSが発信されていますが、、、。
いつも興味深い写真をありがとうございます。
この屋根板を押さえている石は、台風や地震で落ちたりしなかったのですかね?
頭に落ちたら、、。
競馬場近くの 湯の川 にいた時のこと、近くに馬の入る大湯温泉というのがあり(もちろん人間は別です)場フンが乾いて風で舞っていました。
風が吹けばおけ屋がってのを実感していました。
電信柱って言いますよね、なるほどー。
4. Posted by おぢさん   2009年03月28日 11:52
 かんぢさん
どうも
トントントン ツーツーツー トントントン
メーデ、メーデ
昔、アマチュア無線とか、船舶操縦士免許からみで少し勉強しました
今はまったく忘れてしまいましたけど
友人にプロの無線師になり
大きなタンカーに乗り海外に行ってたのも居ました
そうだね
屋根の石は落ちて当たると、まずいよね
その頃は、危ないのが普通で
風が吹いて怪我する、火事でやられる
海でおぼれる
蛇にかまれる、馬にけられる
猫にかちゃかれて化膿してとか
病気も色々あっただろうし
運が悪いとかで済ましたのかも?
大湯温泉
馬の温泉になる前には、よく行きましたよ
大湯近くの大森浜沖で潜り
魚を突いた事もあります
懐かしい。

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